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ビックリ、でも嬉しい知らせ

 

21日からの週は、来年度の予算に向けて、日ごろからお付き合いのある各種団体と、政策懇談会を開催してきました。約20の団体の皆さんとお会いしましたが、いずれの団体も杉並区民の生活に密着した事業や活動をされている団体です。毎年、第三回定例会の前の時期、夏休みの頃に懇談の場を設けるのが恒例となっていますが、本当に充実した意見交換ができています。

 

さて、とっても私事ではありますが、この一か月で我が家には大きな変化がありました。嬉しいことに、息子と娘が、それぞれ第一子を授かったようで、来年の4月の初旬(どうやら予定日がほぼ同じみたいで…)に2人の孫が生まれてくることになるという報告があったのです。かねてから孫が欲し〜いと願っていた私にとっては、この上もない喜びですが、一時に2人とは…。順番的に後になった息子にこの話を聞かされた時は、ビックリして一瞬固まってしまいました(>_<)

 

これから、秋を迎え、冬を越してと考えると、長い長い時間のように思えます。そして、自分の時は、お産なんて特別なものではないと思っていましたが、嫁や娘のことを思うと心配で、心配で。でも、ここのところ不幸が多かったので、新しい命が芽生えたことは、率直に嬉しいことです。

 

杉並区では、保育所整備に力を入れてきていることを再三お伝えしていますが、産前産後の母親へのケアも充実させてきています。とは言っても、ここのところちょっと遠ざかっていた感もあり、妊娠中の検診の助成や、産後の保健師さんの訪問事業や相談事業、ヘルパー派遣、そして、赤ちゃんの検診事業や子どもプラザやひととき保育事業等々、今一度おさらいの意味のこめて勉強し直し、供給が不足していないか、手続き等使いにくい制度になっていないかチェックしなくてはと思っています (^_^.)

 

 

 


頭が痛い、自由研究?

「記録的短時間大雨情報」という言葉が頻繁に聞かれるこの頃。名古屋の一時間に6000回の落雷というのも、本当にビックリしてしまいました。世界的な温暖化とともに、日本の気候が変わってきていることを実感する日々で、心配ですねぇ。

 

今年の夏休みは、お天気が悪くって、子ども達はテンション下がりっぱなしだったのではないかしら?それでも、夏休み終盤に向けて、宿題をやっつけてる子ども達たくさんいるんでしょうね。

 

そう言えば、夏休みの工作キットや完成品のネット販売のことが、話題になっていました。今でもやはり、自由研究が宿題になっているんですね。かれこれ、約30年前、長男が小学1年生の時。「すず虫」を飼って、卵から孵って脱皮し成虫になっていく様子をまとめて、賞をもらい、科学館のメダルをいただいた経験があります。殆ど、私の作品だったのですが…。毎年毎年、親も一苦労でした。

 

さて、先月7月24日から、南伊豆町と連携して整備している特別養護老人ホーム(仮称)エクレシア南伊豆(来年3月からの改設)の入所申し込みが始まりました。これまでに2回、説明会が行われましたが、9月19日にも開催されるようです。エクレシアとは、ギリシャ語で「人々の自由意志により集うこと」という意味なんですって。東京から遠いということが、議会においても議論になりましたが、物理的な距離を埋める工夫がさまざま検討されています。ご関心のある方は、杉並区のホームページで情報が取れますし、直接区役所やケア24にご連絡いただいても大丈夫です。

 

 

 

 

 


毎年、夏に思うこと

私ごとではありますが、8月11日は、亡くなった父の誕生日。そして、この頃になると、6日の広島、9日の長崎の原爆記念式典の模様や、新たな資料や映像に基づいた戦争の記録や、原爆投下後の様子などの番組が報道されます。また、お盆の時期だからか、やたらと父と母のことが思い出され、「戻ってきてるのかしら…」なんて思ったりして。

 

父の故郷は広島ですが、私が4才まで暮らしていた所は、広島市の観音町という町です。爆心地からとても近い場所。私の広島での記憶は、隣の大家さんの家には一郎君というお兄ちゃんが住んでいたこと、大きな国道(と、勝手に思っていただけで、国道ではなかったのかも)を、ロバが引くパン屋さんが走っていたこと、はす向かいがお好み焼き屋さんだったこと、川の欄干で花火を見たこと、玄関の軒下で雨の日にままごとをして遊んだこと、大雨の後、側溝の「どぶ」に落ちたこと、くらい。今の地図上では、どの辺りの場所かは定かではありません。(母の生前に、ちゃんと聞いておけば良かった)

 

終戦間近、父は兵隊で外地にいたため、被爆しませんでしたが、父の姉と弟は被爆して亡くなっています。母は、学徒動員で山口県の柳井市の郵便局(なので、驚くことにモールス信号が打てるお婆さんでした(^_^.))にいたとのこと。原爆投下直後に、生徒たちは広島市内に手伝いに駆り出されていますが、母は週番だったために宿舎に残ったそうです。多くの友人が、恐らく二次被爆で苦しんだのではないかと、生涯案じていました。

 

以前から、両親のことや、私の幼いころの思い出を少し書いてみたかったのですが、そんな、話を何度も繰り返し聞かされてきたからか、やはり、今回、国連で核兵器禁止条約が122ヶ国の賛成で採択されにもかかわらず、日本政府が協議にも参加せず、署名しないという判断をしていることに本当に頭にきています。

 

「はあ?何故?何考えてるの?」と・・ 核兵器の保有国と非保有国の間で、橋渡しの役割を果たす?道筋が違うということのようですが、一流な言い訳だわ!!(気持ちをそのまま伝えたいので、ちょっと乱暴な言い方になってしまいました)

地球上で唯一の被爆という経験をした国でありながら、高らかに核兵器廃絶を叫べないなんて。悲しい…。ヒバクシャの方がおっしゃっていた、はらわたが煮えくり返るようだという言葉に「そうだ!!」と思わず声を上げてしまった私でした。

 


杉並の夏の風物詩

今年の阿佐ヶ谷の七夕祭り 4日の初日に、消防団の七夕警戒で、夕方から9時までアーケードの中を巡回して警戒に当たりましたが、今年は例年のようにメッチャ暑いということはありませんでした。毎年、7080満員の来場客だそうで、夜の8時頃には大盛況に。

準備した、東京オリンピックのロゴがデザインされたウチワは、飛ぶようにはけて、あっという間に無くなってしまいました。(紺と白のコントラストがなかなか粋で、素敵なウチワだったんです)

 

七夕祭りは、今年で64回目を迎えたそうです。ということは、私が生まれる2年前、昭和29年から始まったということですね。戦後、9年程経ったところで、阿佐ヶ谷に人を集めるためのイベントを開催するにあたり、その当時の役員の方々は、各地の祭りを見に行って研究したという記録が残っています。私が生まれた年の昭和31年の様子を、当時の写真で見てみると、(今はアーケードになっていますが)レトロな昭和の雰囲気満載の商店街に、吹き流しとグレースケリーの大きな写真が飾られています。道行く人々のファッションや髪形は、私にとって懐かしいというよりは、直ちに記憶がよみがえり、直ぐにでもその時代に帰れそうな思いにさせられます。

 

さて、毎年、各商店や近隣のさまざまな団体が、その時々に流行ったものを張りぼてで創作し披露するのですが、今年の金賞は「パイレーツオブカリビアンのジャック・スパロウ船長」⇒微妙に怖い感じですが、雰囲気はよく出ていますよね。

パンダの親子や、ゴジラ、スパイダーマン、イケメンゴリラ「シャバーニ」(と、勝手に認識しただけかもしれませんが)等々、力作がたーくさんありましたよ〜。

 

          

                     

                     

 

子どもの手を引く親子連れの姿を見て、私も30年前は、上の子ども達を連れて、七夕祭りを楽しんだことを懐かしく思い出します。お隣の高円寺では、2627日に、高円寺阿波踊りが開催されますが、こちらは、61回目で、ほぼ同じ頃から続く祭りです。いずれも、区外の方々からも楽しみにされ、成長し続けている杉並の夏の風物詩です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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