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保健福祉分野の質疑から 放課後デイサービスと移動支援

いよいよ暖かくなってきて、我が家の玄関脇のハナカイドウのつぼみもほころび始めました。

さて、予算特別委員会での保健福祉分野の質疑。

子育て支援では、ファミリーサポートセンター事業についても質問しました。

 

ファミサポは、国の事業として行われているため、自治体の独自裁量でできることは多くはありません。現在杉並区では社会福祉協議会に委託して、事業を行っています。子どもを預かってもらう利用者と自宅で預かる協力員との相互のマッチングや、協力員の人材確保、研修、事故などに対応する補償の問題など、整理すべきことは、多く、今後も継続するための課題整理が必要との質問をしました。

以下、要望したことを掲載しますね。

 

(協力員の減少、利用者のニーズが変化してきていること。マッチングが難しいこと。当区の事例ではないが事故や虐待の報告もある一方で、提供者にとっては何かあった時の保証がないこと。等々、課題や問題点が指摘されている。しかし、地域の子育て支援事業として、最前の対策を講じ充実することを求める。)

 

障がい者施策では、放課後等デイサービスと移動支援の2点について、質疑しました。
 

 

放課後等デイサービスについて 
 

今後の方向性として、国は、質の向上を図るために、事業者の自己評価や結果の公表をすること。これまで一律の単価設定だったが、中・重度の利用割合に応じた設定としていくことなどを示しています。杉並では、昨年8月から独自の学齢期の発達支援事業を行っていますが、今後は、学校との連携などをより強くすることと、デイサービスの質の向上を求めました。

移動支援について 

 

現在では、家から目的地、家に帰宅というコースが基本とされています。しかし、一般的には、学校や職場から、そのまま目的地に出かける、という行動が私たちの自由な生活スタイルです。生活実態に即し、使いやすさ、効率性を考えると、学校や作業所から直接目的地に出かけること可能としていくべきではないか。

 


利用者の障がい特性や生活スタイルにフィットした、効率の良い利用ができるよう改善に期待する。
さらに、目的が明確な外出の他に、利用計画は週単位となっているために、ガイドヘルパーに伴われて区内の施設をグルグル回っているという事例もあるようです。つまり、行き場がないということ。
具体的な妙案は無いが、多世代交流館はもとより、例えば、土日の障がい者施設・作業所の利用を可能とするとか、誰でもいつでも、気軽に立ち寄りってくつろいでいいよ、というちょっとしたスペースが、整備されることを求める

 

 


質疑から グループ保育室と家庭福祉員について

 

本格的に暖かくなってきて、桜が見ごろを迎えましたね。

町中がほんのり桜色になるこの時期、一年で一番良い時期だと思います。小学校と中学校の卒業式を終え、ホッと一息ついているところです。

 

さて、予算特別委員会での保健福祉分野では、保育施策と障がい者施策をテーマに質問しました。

 

大きくは、今後、認可化を働きかけていきたいとされているグループ保育室と家庭福祉員制度。いずれも、小規模で運営されている保育事業所ですが、これまで地域の方々がになってきた家庭的雰囲気の中での、きめ細かい保育です。これまでの実績を、一定評価をしし、運営者の思いを大切にしながら、今後につなげていってもらいたいという考えから質問しました。

以下は質問分をそのままupしますね。

 

地域の方々の力で、保育を担ってきて頂いているグループ保育は、区の独自の委託事業として、17年間運営されてきている。当時の保育のニーズや情勢は、今とは比較出来ないものではあるが、区の保育施設の運営を、区民の保育士経験者や子育てを経験した皆さんで構成されるグループに委託するという、当時としては 英断とも言える取り組みであったと認識している。
小規模保育所として認可化を案内していきたいという区の方向性が示されているので、これまでの区民の努力に敬意を表し、一定の総括と評価をした上で、次のステップを踏むべきと考えている。

グループ保育室事業

グループ保育の実績をどう評価しているか。

  地域の方々が地域に密着した施設として、丁寧で安定した保育を提供されており、保護者からも高い評価を得ている。区としても、長年にわたり区の保育行政に貢献していただいたと高く評価している。


認可化に向けての話はされているのか。各グループの受け止めは?

 認可化の話を刺せていただいている。2つのグループがあるが、前向きに検討しているグループと、現在のグループ保育を続けていきたいという意向の2つ。


小規模保育事業に移行する場合の職員体制などの違いは?例えば園長資格者の規定は。

 A型は、0歳児は3名に対して1名。1〜2歳児は6名に対して1名。さらに、事業所として常勤保育士1名。

 施設長は保育士であって6年以上、連続して乳幼児への保育経験がある。選任の常勤職員であること。

 看護師については必須ではないが、調理師の配置が必要。


認可事業に移行した場合、事業者、利用者、区にとってこれまでとどのような違いがあるのか。

 事業者→運営費や補助金の増が見込まれる。これまでは、自由契約であったら、区の利用調整を受ける。

 利用者→保育の内容は変わらない。区の認可利用調整を受ける・卒園時に調整指数が卒園加点として変わってくる。

 区→これまでは、区単独の支出であったが、区に都からの歳入があるため、負担額は減る。


移行することで、区の負担はどの程度軽減されるのか。

 単純には計算できないが、定員一杯の利用があったと仮定すると月に150万円程度となる。
 

各グループの個性やオリジナリティは、生かせるのか。

 特色ある保育内容は変更ない。


家庭福祉員
運営されている人数、保育児童数 は。

 2月現在、家庭福祉員が10事業者、在籍児童が48名。

 家庭福祉員グループが4事業者で、児童数が30名。


移行への話はされているのか? 受け止めは。

 連絡会などで、ご案内している。移行に慎重に声が聞かれた、今年に入って前向きな事業者もいらっしゃる。

 4月から家庭福祉員3事業おしゃが家庭的保育事業に。

 家庭福祉員グループ1事業者が小規模保育事業に移行することとなっている。


家庭福祉員、家庭福祉員グループと家庭的保育事業の違いは

 いずれも、少人数での保育を行っていて、職員配置や面積基準ほぼ同じ。

 

 家庭的保育事業に移行すると、利用調整の対象となり、調整指数が卒園時に4点加点される。

 給食の提供が必要

 連携施設の設定が義務づけられる。

 

家庭的保育事業に移行する場合の職員体制などの違いは? 

 人員体制については、これまでとほとんど変わりない。

 
これまでの、家庭福祉員制度は、家庭的保育事業へと転換していく予定なのか。

 現在の家庭福祉員制度は残していく。移行するお考えがある場合には、丁寧に支援していきたい。

 

いずれの保育事業分野にとっても、大きな変化となる。地域の皆さんがこれまで子育ての事業にかかわっていらした思いをくみ取って、きめ細かく丁寧に進めていってもらいたい。

 


 

 

 

 

 


質疑から 障がい者スポーツ拠点整備について

春分の日だというのに、冷たい雨から雪に変わって、寒い一日となりました。

箱根では、交通機関が麻痺し、車は大渋滞で大変なことになっているとの報道でした。東京から1時間ちょっとで行ける、緑深い温泉地ですので、私も大好きなところ。積雪の山道を歩いて下る方々を見て、お気の毒に感じましたDocomo_kao20

 

今回の区長の予算編成方針には「障がい者スポーツの拠点整備の検討そ進める」と示され、喜び勇んで質問しました。

大きな拠点を整備するというものではありませんが、区内のスポーツ施設(上井草スポーツセンターの改修を始めとした)のバリアフリー化(スロープや空調)、プログラムの充実などを測っていくようです。

 

また、今後は障がい特性に応じた対応をしていくために、障がい者団体にどのようなことが求められているかの調査をお願いしていくとの答弁でした。

 

共生型社会の構築に向けてという視点で大いに期待するところです。障がい者も障がいのない方も一緒にスポーツを楽しんでもらいたいし、そのためにも多くの機会が設定されることが求められます。

 

さらに、「私は杉並で子育てをして34年になりますが、改めてよくよく考えてみると、これまでスポーツ施設としての体育館を利用したことはなく、荻窪体育館に選挙の開票で行ったことがあるくらいです。子どもとフラときてバドミントンをやってみたり、バスケのボールをさわってみたり、というような使い方をする場ではないのですが、もっと身近な施設にしていくべきではないか。

 

公共の体育施設ですのでできることの限界はあるのですが、大会や競技が終わった後に、ちょっとくつろげる「たまり場」のような居心地の良いスペースを設けることや、ゆくゆくは日常的に仕事帰りの人や障がい者が寄れる、そんな場づくりが必要ではないか。。いつでも、誰でもが集う、繋がれる身近な施設にしていいただきたい」と要望しました。

 

 

 

 

 

 


質疑から マイナンバーカードについて

予算特別委員会で私が質疑した内容について、各所管ごとにご報告していきますね。

 

杉並区では、印鑑登録証明書、住民税証明書、住民票の写しを自動交付機で発行していますが、これらの交付機を今年の8月末日で廃止することになりました。今後は、コンビニエンスストアの端末で交付が可能となりますが、この際に必要なのが、マイナンバーカードです。

 

マイナンバーカードの取得率は、2月末で14.8%。国全体では10.5%とわずかな方しか、作成していない状況が分かります。発行された方の年齢層をみると、高齢者が身分証替わりに発行される方が多いとのこと。

 

今回の議案は、マイナンバーカードを紛失などの理由で再交付する場合に、再交付のための手数料相当、カードの場合は800円、通知カードは500円を徴収するという内容です。

 

加えて、マイナポータルというサイトが整備されていて、区のホームページでは「行政機関や地方公共団体等がマイナンバーの付いた自分の情報をいつ、どことやりとりしたのか確認できるほか、行政機関が保有する自分に関する情報や行政機関から自分に対しての必要なお知らせ情報等を自宅のパソコン等から確認できるものとして整備するもので、平成29年11月18日から本格運用を開始しました。」とされています。しかし、さまざまな理由で利用が進んでいない状況です。このことも踏まえ、マイナンバーの取り組み状況について、質問しました。
 

 

私は、マイナンバーを国民全員に付与することに反対していましたが、マイナンバー制度が運用されている現状では、自治体としては区民に不利益のないように、情報管理や安全管理に留意しながら、充実させていかなければならないと思います。

 

多くの方が、マイナンバーそのもののことや、通知カードとマイナンバーカードの違いなど、曖昧なまますごしています。一般的には、確定申告や保険等の契約などにしか使う場面が無いからかもしれません。

 

コンビニエンスストアでの証明書発行や、利便性が図られていく上で、多くの区民に分かりやすい周知を図ることを求めました。

 

 

 

 

 


生まれた!生まれた!

春の訪れが感じられるようになってきました。花粉症でヘロヘロになっている知人たちが、とても辛そうでお気の毒です。

 

私事ですが、13日の夜、長男に子どもが生まれました。女の子赤ちゃんハートハートでした。去年の夏から、待ちに待った初孫誕生です。

 

前日の夜に「破水したので、入院しました。」と連絡があって、ほぼ一日。

破水したということは、ほぼ一日のうちに生まれてくるわ…と思っていたものの、なかなか本格的な陣痛がこない様子で「難産になるのかしら?」と気をもみましたが、陣痛が始まってからは約5時間半で生まれてきました。

 

お猿のモンチッチみたいに、くちゃくちゃして誰に似ているかなんて言えませんが、とにかく可愛らしい。「こんなに小さくて可愛い赤ちゃんを、大人の都合で殺してしまう親が世の中に居るなんてねぇ…」と憂えてしまいます。抱かせてもらって、久しぶりの赤ちゃんの感触にワクワク、ドキドキしました。

 

最近は、嫁と姑の間でラインやメールで簡単に連絡が取れ合い、その距離感が昔とはずいぶん変わってきているなぁと痛感していますが、やはり、姑は姑。嫁さんからすれば、気を遣うものだということを、肝に銘じています💦

 

実は、4月6日は、娘のほうの出産予定日。こちらは、どうやら男の子のようですが、これまた楽しみ。今回は単純に長男、長女が少子化対策にちょびっとだけ貢献したという話題ですが、私にとっては、ここ数年のうちの一番嬉しい大きな大きな出来事でしたので、掲載させていただきました m(__)m


3,11を忘れない

11日は、午前中は高円寺の「交流館まつり」に参加。障がい者団体の皆さんを中心に、模擬店やイベントが企画されているのですが、交流館の周辺の商店会や町会の皆さんが盛り上げてくださっていて、毎年賑やかに開催されています。その後、毎年この日に開催される「3.11を忘れない」に出席。日本国中、あちこちの自治体で開催されているので、特別な話はないのですが…

 

杉並区は、地震と福島原発の両方の被害を被った南相馬市と災害時相互援助協定を結んでいるため、南相馬市の復興に力を入れています。そのため、南相馬の皆さんを中心に企画されているのが、特徴と言えば特徴でしょうか。

 

今年のプログラムは、

 

杉並区立の小・中学生による「防災に関する作文コンクール」の優秀者への表彰式と発表

南相馬市小・中・高生マーチングバンドSeeds+(シーズプラス)の演奏

大震災発生当時の南相馬市の職員 藤田幸一氏の講演

南相馬市長のビデオメッセージ

 

等々でした。

 

いずれも素晴らしかったのですが、Seeds+(シーズプラス)の演奏、いいもの聴かせてもらいました。もともと、音楽だーい好きな私、ウルウルきてしまいました。小学生、中学生、高校生と年齢差があるのですが、その年齢差が絶妙なハーモニーとなっていました。若さとエネルギーでパワフルなのに、とても心のこもった、優しさあふれる演奏でした。

 

Seedsとは、種・種子とか(物事の)根源などのが意味あるのですね。ネーミングもいいなぁ…。東日本大震災復興支援映画として政策された「MARCH」では、震災後からの彼らの活動がドキュメンタリーで描かれているそうです。自主上映もできるようですし、ネットで検索すると詳細を知ることができます。

 

そして、藤田幸一氏の講演。被災されての経験を語られ、首都直下型地震の備えとして示唆に富む提言をしてくださいましたが、最後に一言、つぶやくように、でも明確に「原発はいらない」と。その一言が、強いメッセージとして心に残っています。
 

 


予算特別委員会

 

2日から、予算特別委員会が始まりました。

 

 委員会開始前の9時から、本会議において「杉並区住宅宿泊事業の実施の制限に関する条例」が、賛成多数で可決されました。

 3月15日から各自治体において、事業者の登録が開始されるため、臨時的に採決された形です。

 

 条例では区の8割が住宅地で占める杉並区は、良好な住宅環境を保全することを第一優先として、家主不在型の事業は住居専用地域での平日の事業実施を制限することとしています。家主在住型の事業者も参入させないというような厳しい制限をかけている自治体も幾つかありますが、杉並区では観光振興、地域振興も力を入れていきたいとして、家主在住型の事業者は登録することで、事業が展開できる条例としています。今後作成されるガイドラインに沿って、情報の公開やゴミ出しのルール守ることや危機管理等を行っていくことが求められます。

 

 さて、昨年は監査委員だったため、委員会や特別委員会での質問をしていなくて、久しぶりの質問となりました。簡単にいうと、4つのパートに分かれていますが、全てのパートで質問をしました。調査したり、文章を作ったり、担当所管とヒアリングしたりと、なかなか大変。公の場で質疑をするということは、発言に責任を持たなくてはならないので、それなりに緊張感があります。

 

3月2日 マイナンバーカード再発行について、マイナポータルについて

3月6日 障がい者スポーツの拠点整備について

3月8日 グループ保育室、家庭福祉員、ファミリーサポートセンター事業について

     障がい者移動支援、放課後デイについて

3月13日 特別支援教室について、済美日曜教室について

     地域共生型社会形成に向けた教育委員会の取り組み(ぷれジョブについて)

 

以上が、質問内容です。改めて、質疑の様子をご報告しますね。

(委員会の様子を録画したものを、杉並区議会のホームページでご覧になれますよ)

 

 

 


春爛漫のエクレシア南伊豆で

 

4日に、南伊豆の特別養護老人ホーム「エクレシア南伊豆」の竣工式が行われ、出席してきました。

東京も暖かい日で、花粉が飛びまくっていたと花粉症の友人から聞きましたが、南伊豆はもう初夏の陽気。

おまけに、河津桜桜桜が満開で、南伊豆もそうでしたが、隣町の河津の町はものすごーい人出。まるで、京都の嵐山のような賑わいでした。私にとって、夫の先祖の出身の地でもあり、伊豆は大好きで何かとご縁が深い地です。

 

↑  南伊豆町の夜桜です ↓こちらは菜の花畑  

 

 

 

南伊豆町議会では、昨年町長選挙があり若手の新町長が誕生していますが、従来と変わらず、特養建設に尽力してくださいました。町議員の皆さんとも顔見知りの方が増え、更に親交を深めました。

 

エクレシア南伊豆は、社会福祉法人「梓友会」が運営。全国で初の、静岡県と南伊豆町と杉並区が、自治体間の垣根を超えて連携して作った特養です。計画以来足かけ7年。国との調整など大きな壁が幾つもあって、ここまで漕ぎ着けるのには、多くの苦労がありました。

 

規模的には、特養90床、ショートステイ10床、デイサービス20名。更に、来所された家族の為にゲストルームが2部屋、準備されています。一階には交流スペースやカフェも。そして、隣接して南伊豆町の健康福祉センターが、建設中です。

 

東京から片道4時間かかるという事で反対もあり、議会ではさまざまな議論がありました。距離を埋めるための工夫として、ICTインターネットを介して家族と入所者をつなぐシステム、杉並区で見ていたテレビ番組の一部を視聴できる環境を整備しています。

 

自然の木をふんだんにに使い、太陽の光がたっぷり差し込む作り。お部屋は、大きくゆったりしていました。

温暖で海、山に囲まれ自然が豊かなことは、何よりもステキな事だと思います。

 

河津の実家のお墓は福井市にあるのですが、亡くなった義母が、「近くても来(こ)ん者は来ん、遠くても来る者は来る」と言っていた事を思い出しながら、帰ってきました。

      


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