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保健福祉委員会報告

 

19日開催の保健福祉委員会、条例改正などの議案が4本。報告案件が、14件と多かったのですが、想定していたようにとても時間がかかってしまって、報告に対する質疑は27日に、別枠で委員会を開催することになりました。

4本の議案の質疑と意見開陳を終え、採決が終わったのが7時前と、ほとほと疲れ果ててしまいました。

議案は以下の通りです。

    福祉に関する事務所設置条例の一部を改正する条例

    子ども・子育てプラザ条例の一部を改正する条例

    児童青少年センター及び児童館条例の一部を改正する条例

    区立保育所及び小規模保育事業所条例の一部を改正する条例

 

分かりやすいように簡略化して書いたのですが、条例文って何が書かれているのか分かりにくいですよね。新しく設置する施設や廃止するものについて、これまでの条例文に示されていたものから、削除するとか新しく加えるということから、「一部を改正する条例」と示されるんです。

 

順序も入れ替えて記しましたが、,らまでは、荻窪税務署とあんさんぶる荻窪の財産交換に伴い、福祉事務所が天沼三丁目に移転、子ども子育てプラザの新設、荻窪北児童館を廃止し、1年間荻窪保健所4Fに移転するというもの。

 

    は、区立の上井草保育園を廃止し、民営化していくものですが、今回は、事業者の選定方法などに質疑が集中しました。

天沼3丁目の複合施設の計画については、次回もう少し詳しく説明しますね。


第三回定例会始まる

先週の日曜日は、商連の女性部の皆さんが障がい者の皆さんを招いて開催してくださっている「ミニ運動会」に、次男と一緒に参加。

毎年恒例となっているこの運動会は、今年で36回目だとか。コツコツと積み上げて、回数を重ねていくって、本当に素晴らしいことですね。慣れ親しんでいる場所と、顔ぶれで、皆さん思い思いに競技を楽しんでいました。

 

春都も、すっかり慣れたようで、アンカーのタスキを掛けて走ったり、玉入れ、パン食い競争、炭坑節や東京音頭を踊ったりと、私から離れて一人で動けていました。少しずつ、少しずつですが、去年は出来なかったことが出来るようになっていて、それなりに大人っぽく、青年っぽくなっているんですねぇ…。

 

さて、11日月曜日から第三回定例会が開催されています。月末から決算特別委員会が開催され、来月13日が最終日です。

今回は、北朝鮮のミサイル発射などの問題や、地震や水害被害などから、杉並区の対策に関することを一般質問する議員が多く、その他にも、保育や子どもの居場所、家庭支援などがテーマとなっていました。

 

Jアラートが、朝6時頃に鳴った時、皆さんどんな行動をしましたか?「何も出来ないじゃんね〜」と、寝ぼけた頭で思いつつ、一方で「どうなる?どうなる?」と、妙に頭の中がクリアーになっていきました。実際、あの短い間に出来ることは限られているし、シェルターを備えているわけでもないし。

 

区としては、特別な訓練は、今の所考えてはいないとの答弁。でも、今後は、状況を見て訓練が必要ならば検討するって……そんな事態になったら一蓮托生  何も打てる手は無い。だから、外交、対話で回避していくことに努力するべきだと強く思います。。

 

19日は、保健福祉委員会ですが、今回は4つの議案と14件の報告案件と、とーっても分量が多い‼

私、委員長なので、委員会の議論が紛糾することなく、円滑に進んでいくよう、なんて考えると、すご〜いストレスです(≧∀≦)

詳細は、次回ご案内しますね。


敬老会に出席して

今年の敬老会は、5,6,7日の3日間。式典の後の第二部は、日本フィルハーモニー交響楽団の演奏でした。

午前の部、午後の部の分けて、3回と、最後の日は2回の開催でしたので、計8回。毎回盛況で、多くの高齢者の皆さまが、ご来場されていました。

 

私は、3回ほど出席させていただきましたが、区長の挨拶からすると…現在、杉並区内の100歳以上の高齢者は130数名ほど。そのうち、男性は約50名。いかに、女性がお元気かということですね。ストレスや痛みに強かったり、生きる力が元来備わっているからといいうことかもしれません。男子、頑張れ!!区長の挨拶は、それだけではなく、女性の社会進出に伴う子育て支援対策などの強化や、子ども支援のことを話していました。これからの社会、どの世代に対しても、また、社会的弱者に対するよりきめ細かな施策が必要だなぁと、思いながら、はつらつとお元気そうな皆さまのお顔を拝見していました。

 

昨年も第二部は、日フィルの演奏。昨年も同じでしたが、とても好評だったということで、今年も友好提携しているという関係もあり、日フィルの皆さまにお願いしています。高齢者だからといって、必ずしも歌謡曲や演歌というわけではないのですね。

クラシックというよりは、耳慣れた曲がどなたにも受けているようです。演目の中には、大河ドラマ「真田丸」のメインテーマ。映画「ゴジラ」のテーマ曲、「見上げてごらん夜の星を」「ふるさと」などの歌もあり、皆さんとても楽しまれていました。


ビックリ、でも嬉しい知らせ

 

21日からの週は、来年度の予算に向けて、日ごろからお付き合いのある各種団体と、政策懇談会を開催してきました。約20の団体の皆さんとお会いしましたが、いずれの団体も杉並区民の生活に密着した事業や活動をされている団体です。毎年、第三回定例会の前の時期、夏休みの頃に懇談の場を設けるのが恒例となっていますが、本当に充実した意見交換ができています。

 

さて、とっても私事ではありますが、この一か月で我が家には大きな変化がありました。嬉しいことに、息子と娘が、それぞれ第一子を授かったようで、来年の4月の初旬(どうやら予定日がほぼ同じみたいで…)に2人の孫が生まれてくることになるという報告があったのです。かねてから孫が欲し〜いと願っていた私にとっては、この上もない喜びですが、一時に2人とは…。順番的に後になった息子にこの話を聞かされた時は、ビックリして一瞬固まってしまいました(>_<)

 

これから、秋を迎え、冬を越してと考えると、長い長い時間のように思えます。そして、自分の時は、お産なんて特別なものではないと思っていましたが、嫁や娘のことを思うと心配で、心配で。でも、ここのところ不幸が多かったので、新しい命が芽生えたことは、率直に嬉しいことです。

 

杉並区では、保育所整備に力を入れてきていることを再三お伝えしていますが、産前産後の母親へのケアも充実させてきています。とは言っても、ここのところちょっと遠ざかっていた感もあり、妊娠中の検診の助成や、産後の保健師さんの訪問事業や相談事業、ヘルパー派遣、そして、赤ちゃんの検診事業や子どもプラザやひととき保育事業等々、今一度おさらいの意味のこめて勉強し直し、供給が不足していないか、手続き等使いにくい制度になっていないかチェックしなくてはと思っています (^_^.)

 

 

 


頭が痛い、自由研究?

「記録的短時間大雨情報」という言葉が頻繁に聞かれるこの頃。名古屋の一時間に6000回の落雷というのも、本当にビックリしてしまいました。世界的な温暖化とともに、日本の気候が変わってきていることを実感する日々で、心配ですねぇ。

 

今年の夏休みは、お天気が悪くって、子ども達はテンション下がりっぱなしだったのではないかしら?それでも、夏休み終盤に向けて、宿題をやっつけてる子ども達たくさんいるんでしょうね。

 

そう言えば、夏休みの工作キットや完成品のネット販売のことが、話題になっていました。今でもやはり、自由研究が宿題になっているんですね。かれこれ、約30年前、長男が小学1年生の時。「すず虫」を飼って、卵から孵って脱皮し成虫になっていく様子をまとめて、賞をもらい、科学館のメダルをいただいた経験があります。殆ど、私の作品だったのですが…。毎年毎年、親も一苦労でした。

 

さて、先月7月24日から、南伊豆町と連携して整備している特別養護老人ホーム(仮称)エクレシア南伊豆(来年3月からの改設)の入所申し込みが始まりました。これまでに2回、説明会が行われましたが、9月19日にも開催されるようです。エクレシアとは、ギリシャ語で「人々の自由意志により集うこと」という意味なんですって。東京から遠いということが、議会においても議論になりましたが、物理的な距離を埋める工夫がさまざま検討されています。ご関心のある方は、杉並区のホームページで情報が取れますし、直接区役所やケア24にご連絡いただいても大丈夫です。

 

 

 

 

 


毎年、夏に思うこと

私ごとではありますが、8月11日は、亡くなった父の誕生日。そして、この頃になると、6日の広島、9日の長崎の原爆記念式典の模様や、新たな資料や映像に基づいた戦争の記録や、原爆投下後の様子などの番組が報道されます。また、お盆の時期だからか、やたらと父と母のことが思い出され、「戻ってきてるのかしら…」なんて思ったりして。

 

父の故郷は広島ですが、私が4才まで暮らしていた所は、広島市の観音町という町です。爆心地からとても近い場所。私の広島での記憶は、隣の大家さんの家には一郎君というお兄ちゃんが住んでいたこと、大きな国道(と、勝手に思っていただけで、国道ではなかったのかも)を、ロバが引くパン屋さんが走っていたこと、はす向かいがお好み焼き屋さんだったこと、川の欄干で花火を見たこと、玄関の軒下で雨の日にままごとをして遊んだこと、大雨の後、側溝の「どぶ」に落ちたこと、くらい。今の地図上では、どの辺りの場所かは定かではありません。(母の生前に、ちゃんと聞いておけば良かった)

 

終戦間近、父は兵隊で外地にいたため、被爆しませんでしたが、父の姉と弟は被爆して亡くなっています。母は、学徒動員で山口県の柳井市の郵便局(なので、驚くことにモールス信号が打てるお婆さんでした(^_^.))にいたとのこと。原爆投下直後に、生徒たちは広島市内に手伝いに駆り出されていますが、母は週番だったために宿舎に残ったそうです。多くの友人が、恐らく二次被爆で苦しんだのではないかと、生涯案じていました。

 

以前から、両親のことや、私の幼いころの思い出を少し書いてみたかったのですが、そんな、話を何度も繰り返し聞かされてきたからか、やはり、今回、国連で核兵器禁止条約が122ヶ国の賛成で採択されにもかかわらず、日本政府が協議にも参加せず、署名しないという判断をしていることに本当に頭にきています。

 

「はあ?何故?何考えてるの?」と・・ 核兵器の保有国と非保有国の間で、橋渡しの役割を果たす?道筋が違うということのようですが、一流な言い訳だわ!!(気持ちをそのまま伝えたいので、ちょっと乱暴な言い方になってしまいました)

地球上で唯一の被爆という経験をした国でありながら、高らかに核兵器廃絶を叫べないなんて。悲しい…。ヒバクシャの方がおっしゃっていた、はらわたが煮えくり返るようだという言葉に「そうだ!!」と思わず声を上げてしまった私でした。

 


杉並の夏の風物詩

今年の阿佐ヶ谷の七夕祭り 4日の初日に、消防団の七夕警戒で、夕方から9時までアーケードの中を巡回して警戒に当たりましたが、今年は例年のようにメッチャ暑いということはありませんでした。毎年、7080満員の来場客だそうで、夜の8時頃には大盛況に。

準備した、東京オリンピックのロゴがデザインされたウチワは、飛ぶようにはけて、あっという間に無くなってしまいました。(紺と白のコントラストがなかなか粋で、素敵なウチワだったんです)

 

七夕祭りは、今年で64回目を迎えたそうです。ということは、私が生まれる2年前、昭和29年から始まったということですね。戦後、9年程経ったところで、阿佐ヶ谷に人を集めるためのイベントを開催するにあたり、その当時の役員の方々は、各地の祭りを見に行って研究したという記録が残っています。私が生まれた年の昭和31年の様子を、当時の写真で見てみると、(今はアーケードになっていますが)レトロな昭和の雰囲気満載の商店街に、吹き流しとグレースケリーの大きな写真が飾られています。道行く人々のファッションや髪形は、私にとって懐かしいというよりは、直ちに記憶がよみがえり、直ぐにでもその時代に帰れそうな思いにさせられます。

 

さて、毎年、各商店や近隣のさまざまな団体が、その時々に流行ったものを張りぼてで創作し披露するのですが、今年の金賞は「パイレーツオブカリビアンのジャック・スパロウ船長」⇒微妙に怖い感じですが、雰囲気はよく出ていますよね。

パンダの親子や、ゴジラ、スパイダーマン、イケメンゴリラ「シャバーニ」(と、勝手に認識しただけかもしれませんが)等々、力作がたーくさんありましたよ〜。

 

          

                     

                     

 

子どもの手を引く親子連れの姿を見て、私も30年前は、上の子ども達を連れて、七夕祭りを楽しんだことを懐かしく思い出します。お隣の高円寺では、2627日に、高円寺阿波踊りが開催されますが、こちらは、61回目で、ほぼ同じ頃から続く祭りです。いずれも、区外の方々からも楽しみにされ、成長し続けている杉並の夏の風物詩です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


秋田視察 

 

今回の視察のテーマの一つは、環境問題。会派の視察なので、ついでと言っては何なのですが、再生可能エネルギー、太陽光発電の先進的な事業を行っている事業者、株式会社AISESS アイセスの「農地転用ソーラーシェアリング」という取組も、山本区議のご縁で視察させていただくことができました。

 

場所は秋田市から北西に40分程で、八郎潟に近い南秋田郡井川町という所です。田んぼの中に作られた太陽光ソーラーシステム。まるで、藤棚のようなのですが、その下で稲がソヨソヨと揺れていました。

 

ベターとパネルになっている訳ではないので、太陽光を作物を育てるためのものと、発電するものとシェアするという意味でソーラーシェアリングというのだそうです。

 

日本の農業・農家と、再生可能エネルギー利用を両立させ、新時代の農業を発信するというのがこの会社の主旨ですが、農林水産省の許可を得るためには、一定の条件を満たすことが必要ですし、設備認定も受けなければならないなど、コンサルに委託しなければ個人では難しい状況。クリアしなければならない問題もたくさんあるようです。

 

     

 

 

 

  

    


徒然に思うこと

国政の状況、気になりますね。

 

24、25日の衆参予算委員会の閉会中審査は、多くの方々が注目されたと思います。

常識的な国民感情からすれば、十分納得できたというレベルの議論ではなかったですよね。参議院の質問の折の民進党の質問者の一人、桜井充議員は、今回の都議会議員選挙の際に、西村まさみ候補の選対委員長をされていたこともあr、何度も杉並にみえました。

 

桜井議員は、内科の医者で、日ごろは社会保障の問題や高齢者、子どもの健康状態や虐待などの生活環境などについても、現場感覚で問題点などを指摘されています。何と、生まれ育ったのは杉並の阿佐谷北5丁目ということで、我が家と同じ町内会。そして、年齢も同じ昭和31年の5月生まれと、幾つも共通項があり、びっくりしました。いつも、ポジティブで明確な物言い、そして若々しい雰囲気で、とても同じ年とは思えないですが…。

 

以前から名前は知っている国会議員という程度の認識でしたが、桜井議員と近しく話ができるようになったというのは、私的には、大きな収穫でした。今回の選挙では、民進党から原口一博議員、大島九州男議員、小西洋之議員、山尾志桜里議員なども応援でご一緒しましたが、いずれも素敵な議員ばかりで、頑張ってもらいたい方々でした。山尾さんは、テレビで見る限り、質問している姿はパキパキなイメージですが、身近な場での語り口は説得力があり、本当に心根の優しい方だと改めて感じました。

 

さてさて、今月は、動物愛護の議員連盟の勉強会があったり、会派の区民フォーラムみらいのメンバーで秋田に視察に行ったりと、盛りだくさんでした。

秋田といえば、私たちが視察でお邪魔したのが18、19日。その後、大変な豪雨に見舞われ、あののどかな街並み、水田、山の風景を思い出しながら、大丈夫だったかしらと心配しています。

 

 

今日、26日は、あの相模原の障がい者施設「津久井やまゆり園」の事件から1年。

文章にして語るのも、おぞましい…です。遺族の方々が、ポツリ、ポツリと語られる姿や、文章が報道されますが、それを見たり聞いたりするたびに、怒りと悲しみで涙があふれてくるのは、私の子どもも障がい児だからなのか。頭の中で、さまざまな思いがグルグルと回ります。この重い事件から、何を学び何を改善するべきなのか。固まったまんまですが、子どもとの生活を一日一日と過ごす日々です。社会の中で一人ひとりが自分の人生を生きていくために、障がい者のことをもっと地域の人に理解してもらいたい、と、若いママたちも、ささやかながら地道に運動をしています。この、積み上げなんでしょうか…

 

 

 

 


身も心もガタガタですぅ(>_<)

梅雨明けも間近のようですが、連日の猛暑、閉口気味です。

 

九州の大雨は、甚大な被害になっていますね。日常の生活が一変して、経験したこともないような被害に見舞われる、何と恐ろしいことでしょう。亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。そして、地域の方々やボランティアの人々の活動も報道されていますが、一日も早く、穏やかな生活に戻れることを祈っています。

 

毎日、更新しなければと気になりながら、東京都議会議員選挙を挟んで、しばらくお休みした形になってしまい、ごめんなさい<(_ _)> しばらく体調が悪かったのですが、ようやく、復帰してきた感じで、体と頭と気力が一体的に機能するようになってきました。今回の選挙、マジ疲れたです。暑い時期にかかる選挙ということもあるけれど、頑張っても頑張っても空回りしている感が強く、本当に辛かったです!!

 

今回の選挙は、私は民進党公認の西村まさみさんに張り付いて選挙活動しましたが、定数6名のところ、9位という結果になってしまい、民進党の候補者は2人とも落選という結果でした。残念の一言です。(民進党を応援してくださった皆さま、本当にごめんなさい。)

正直、小池都知事の人気による都民ファースト旋風があれほどまでに吹き荒れるとは、予想はしていたものの、想定以上でした。でも、それ以上に、自民党の逆風の中で、対立軸としての民進党が有権者の受け皿になり得なかったこと、民進党支持者も都民ファーストへ流れてしまっていることの現実を真摯に受け止めなければ、グズグズと崩壊に向かってしまうという危機感があります。

 

昨日、総支部として総括のために、意見交換しましたが、

 

選挙結果の分析

党としての政策やビジョン、地域としての政策とのすり合わせ

広報戦略

選挙にどのような体制で臨むのかの方針の決め方

地域の選挙をサポートする民進党としての支援方法

民進党本部や東京都連の組織のあり方と、今後の組織体制

 

主な項目はこんなところを中心に話し合いましたが、ともすれば個人批判や文句になってしまうので、言いたいことは言って、問題解決のためにどのように動くのか、前向きに発展的に改善していくための会議に心がけました。

 

候補者の人選などは約1年前から取り組み、候補者は地域活動を展開していますので、各人の思いを思うと、そうそう簡単に一本化できるものではありませんでした。それにしても、小池都知事や都民ファーストの風や動向を勘案しながら、柔軟に戦略を変えるための判断や決断ができなかったことに、正直、組織力の無さや力不足を感じます。

 

東京都政を改革していくことには賛成としながら、告示前ぎりぎりに豊洲市場への移転、築地市場再整備と両論併記の形で方針を示した小池都知事に対しての立ち位置が、今一つ明確に打ち出せず、曖昧になってしまったことも反省点です。

 

いずれにしても、これから半年くらいは、政局も含めて流動的になっていくかもしれませんね。

今回は言い出せばキリがないほど、ああでもない、こうでもないと議論をしました。ただ話し合っただけではなく、地域レベルの総括をどのように吸い上げ、民進党自体が如何に立て直しを図っていくかが重要。私たち区議会議員は、このような状況にあっても民進党の候補者を選んでくださった支持者・区民の皆さまのために、これまで以上にしっかりと仕事をしていかねばならないね、ということで、第一回目をまとめました。